【製作ノート】SKY WALKER IPA
ヨロッコビールの定番商品でもあり、一番人気でもあるのがこちらのスカイウォーカーです。
初めて仕込んだのは2014年。
ご存知の方も多いと思いますが、当時日本に住んでいたLuc(ルーク)というカナダ人のブルワーがいます。
ルークはカナダのモントリオールで"Dieu du Ciel"という伝説的なブルワリーにて醸造を担当していたのですが、日本が大好きなこともあって来日し、日本でブルワリーを設立しようとしていた時期でした。
(残念ながらその計画は実現には至りませんでしたが、彼は日本のたくさんのブルワー・クラフトビール関係者に鮮烈な影響を残しました。)
ふとしたことから仲良くなり、まだ開業2年目くらいだった僕は今思えば「怖いもの無し」だったのか、ルークに一緒にビール作ろうぜと声を掛け、気のいいルークはそれに応じてくれて、逗子の小さなブルワリーで4仕込みほど彼と一緒にビールを作る体験をさせてもらったのです。
ルークはブルワーとしてその頃の僕と別次元に属する力量だったのですが、その体験から多くのことを学ばせてもらいました。
そして学んだことをベースに作ったレシピがこのIPAで、ルークの名前をもじって、"Sky Walker IPA"と名付けさせてもらいました。
(なぜSky Walkerかわからない人は、有名な宇宙戦争の映画をぜひご覧ください。)
Luc in old Yorocco brewery 2014.
(この方が僕にとってのSky Walker。今はトロントで"Godspeed Brewery"というめちゃくちゃ美味いラガーを作るブルワリーやってます。日本にも輸入されてますので、ぜひとも。)
【ここからテクニカルな話になります】
IPAというのはホップが主役のビールです。
ですが、ホップの味わいを綺麗に表現するには、そのベースとなるモルト(麦芽)の部分がクリーンでないといけません。
これは麦汁の仕込み時にクリーンな麦汁を取ることと、酵母のチョイスや管理により健全な発酵と適切な熟成を行うことで実現されます。
ベースがクリーンでないと、それに乗っかるホップの香りも曇ってしまうのです。
見通しの悪い道のようなものです。
また、いかにホップが主役と言っても、そのホップの味わいを下支えするボディがないと、いわゆる「ペラい」仕上がりというか、全体として香りは良いものの薄っぺらい味わいになってしまいます。
そうした意味で、ホップとモルトは共存関係というか、そのバランスの取り方にブルワリーごとの個性が出てくる部分でもあります。
極端な例を挙げると、「ホップが強過ぎるがボディはペラい」という場合もありますし、逆に「ボディがもったりし過ぎていて(あるいは雑味が多すぎて)ホップが前面に出てこない」というのもあります。
どちらも非常に飲みづらいものとなってしまいます。
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また、健全でクリーンな発酵と、その後の適切な熟成も大切になります。
麦汁の量に対して適切な数の酵母を投入すると、オフフレーバーと呼ばれる雑味の無いクリーンなビールが出来上がります。
また、酵母の澱や雑味のもととなる成分は、タンクの中で時間の経過とともに沈んでゆきます。発酵終了後に何週間かをかけて、上澄みと澱に分かれていく様をイメージしてみてください。
(最新の技術では、遠心分離機や高性能なフィルターによってこの時間を短縮することも可能ですが、規模の小さなクラフトブルワリーにはあまりそのような設備は無いのが現状です。)
適切な量の酵母を計るために、ヨロッコビールでは仕込み毎に顕微鏡を使って酵母数を数えるプロセスをとっています。
小麦やオーツ麦といった大麦麦芽以外のグレインを使用すると、ビールの液体に「とろみ」と呼ぶような滑らかさがもたらされます。
これはマウスフィールとも言われ、ホップの苦味を和らげたり、ボディ感を強調することで全体のバランスを取るために使われたりします。
昨今流行りのHazy IPAは、これらの小麦やオーツ麦を大量に使用しビールに濁りが生じていることから命名されたものです。
Sky Walkerでは、麦芽全体の5%ほどですが小麦麦芽を使うことで、口当たりに滑らかさを作っています。
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上述したように、IPAではホップが主役とはいえ、脇役的な存在であるモルトや酵母の役割も非常に大きいことがよく分かります。
これはまあビール全般に言えることなのですが。
使うホップのチョイスとIBUの設定も、IPAのレシピを設計する上で肝となる部分です。
よくホップの味わいの表現として使われるワードに、以下のようなものがあります。
・Citrusy シトラシー。柑橘的なという意味で、レモン・グレープフルーツ・オレンジなどを連想させる香りのこと。ただし、一言でCitrusyといっても、レモン的な場合・ライム的な場合・オレンジ的な場合・グレフル的な場合など、ホップの品種や使い方によって様々である。
・Piny パイニー。松のようなという意味で、主に針葉樹のヤニのようなスッとした香りを指す。
・Tropical トロピカル。マンゴー、ライチ、グアバなど南国の熟した果実を連想させる香り・フレーバー。
他にもDank(weedのような)、Stonefruit(桃やプラムなど)、Herbal、Spicy、Earthy などの表現も使われます。
ホップの品種はよく使われるものだけでも50種類くらいはあると思いますが、IPAには主にアメリカ産のホップが使われます。
アメリカ以外のホップの主要な産地としては、イギリスやドイツ、チェコ、フランスなどのヨーロッパと、南半球のニュージーランドとオーストラリアがあります。
基本的には、ヨーロッパはノーブルホップと呼ばれる比較的香りの穏やかで、心地よい香味の品種が多く栽培されています。ホップ栽培の歴史も長いです。
対してアメリカでは、ヨーロッパの伝統的な品種を交配させた、よりストロングなフレーバーを持つ新しい品種のホップが多く栽培されています。
ニュージーランド・オーストラリアも、アメリカ同様に香りの強い品種が多いですが、南半球なので栽培時期が反対なのと、アメリカ産とは一味違ったユニークな味わいの品種も多いです。
IBUというのは、ビールの苦味の単位で、IPAだとIBU40-70くらい。普通のラガーは、IBU20前後くらいです。
(ホップは、つる性の多年草で、毎年春になると芽を出しグングン成長し、夏頃についた毱花を収穫します。その後加工され世界各地のブルワリーへと出荷されます。)
Sky Walkerに話を戻しますと、Sky Walkerでは以前はSimcoeというホップをメインで使っていましたが、今は”Citra シトラ” というホップをメインに使っています。
Citra ホップのフレーバーの特徴ですが、"Strong Citrus, Fruity"と書かれており、「ライムやグレープフルーツのような柑橘と様々なトロピカルフルーツのようなフレーバー」となっています。
https://yakimavalleyhops.com/products/citra-hop-pellets
ヨロッコビールでは、アメリカ太平洋岸北西部のワシントン州ヤキマのホップ業者と契約して、オーガニックのものをメインに毎年4〜5種類ほどのホップを購入しています。
(ヨーロッパからも5〜10種類ほどのホップを購入しています)
これはクラフトブルワリーとしては、それほど多い種類ではないと思います。
もっとIPAに特化したようなブルワリーだと、よりたくさんの種類のアメリカンホップを購入しブルワリーにストックしていると思います。
IPAというのはそもそもがアメリカ的な足し算の哲学に基づいて、多量のホップを使うために、その苦味と香りの受け皿となるボディ(ビールのアルコール分や甘味)も補強するという作りが一般的でした。
ホップもモルトもガンガン使うぜ!的な。
Sky Walkerはもっと飲みやすさを強調したかったので、少し引き算的な発想というか、ホップの苦味もボディの甘味も控えめとなっています。
そこに小麦麦芽の滑らかさが加わることで、よりスムースな飲み口となっていると言えるでしょう。
また、通常はペレット加工されたホップを使うブルワリーがほとんどなのですが、ヨロッコビールでは現在までのところホールリーフ(Whole Leaf)と呼ばれる収穫し乾燥させただけのホップをメインに使用しており、Sky Walkerでは仕込みでもドライホッピングでもリーフホップを使っています。
この辺りも、メロウなホップフレーバーの形成に寄与していると思われます。
一般的にはペレットホップの方が流通も保管も楽なためメリットが多いのですが、あえてのこだわりというかリーフにはリーフの優しさがあると思い、創業時からリーフをメインに使っています。
リーフホップの方が酸化しやすいため、届いたらすぐに小分けにして真空パックにするなど、小さな工夫と努力も怠りません。
いずれにしても、IPAに代表されるホップをたくさん使ったビールは、どうしてもそのフレーバーが月日と共に退化していってしまいます。
ですので、DRINK FRESH! を推奨するわけです。
おかげさまでSky Walkerは毎月のように仕込ませて頂いており、仕込みから缶詰めまでおよそ5週間が掛かりますが、フレッシュなバッチが定期的にリリースされております。
ぜひお楽しみください。
長々と書いてしまいましたが、ビールを飲む時は小難しいことは頭から消し去って楽しむのが一番ですね。
以上、Sky Walker の製作ノートでした。
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アメリカンIPAについてのコラムも書きましたので、こちらもよろしければお楽しみください。
https://yorocco-beer.stores.jp/news/63c4bc785ff4233b58f8b3d4